からだはとても正直だ
身体はとても正直だ
と、いうのは本当です。
フラワーエッセンスを学んで
こころとからだが繋がっていることを知り、
身体に現れる症状が 実は心 ( 感情 ) からのサインだ という事を知った。
緊張するとお腹が痛くなる
悩んだり辛いことがあると胃が痛くなる、キリキリする
などは誰もが知っていることだけれど、
多くの病気や症状が感情と繋がっており、その感情をみて手放すことで症状が改善する・治る
ということは、あまり知られていない。
大抵の方は、病気や症状が出現したら薬を求めて病院に行くのが当たり前になっているから。
もちろん私もその一人だった。
私はフラワーエッセンスを学んでからというもの、身体に現れる症状が激しくなった 笑
いや、本当に激しくなったのか?
もしくは、これまでも症状は現れていたけど、そういう意識で症状を見てなかったから気づけなかっただけなのか?
よく分からないけど、
とにかくすぐに身体に現れる。
あー、思えば子供の頃から便秘だなぁ…
思ったことが言えない、我慢して思ったように吐き出せない・発散できない子供だった。
つまり、そういうこと。
これまでは、自分は そういう体質 という言葉だけで片づけていたことが、実は身体からのサインだった、ということ。
自分でこういう人だから ( 私は便秘、頭痛持ち) と勝手に決めつけ、深く考えたりすることもないからその状態を特に疑問にも思わなかった。
だから対症療法として薬を飲んだり時には食事や運動に気をつけたり…そんなくらいだった。
講座を学んで初めてリトリートで行った上高地で、初めて土地のパワーにやられた 笑
頭痛と吐き気、胃もたれの症状の中、なんとか明神池まで辿り着くことができた。
めちゃくちゃ辛かったけれど、何だか普通の体調不良とは違う感覚があった。
講座の先生が一緒だったという安心感もとても大きかった。
それからというもの、神社での頭痛はちょくちょく現れ、
初めての土地では、頭痛と胃もたれが必須!みたいになった。
あれは本当にもう散々だった…笑
群馬県に入った途端に頭痛と胃もたれが出現し、水沢うどんと立派な舞茸の天ぷらはほぼ食べられず…
その後2泊3日ほとんど食事が摂れずにヘロヘロになって帰宅
なんだけど、帰りの新横浜駅の辺りで体調がかなり回復したという…笑
その土地から離れるといいみたい。
それから、日常においても様々な症状は現れる。
先週は急に頭痛と胃もたれが出現し、食べられなくなった。
熱はなく風邪症状もなく身体は割と元気だったが、とにかく食べたくない。
初日は温かいお茶を飲むだけで、その翌日ようやくお粥が食べられるようになったけれど、その後一週間は雑炊しか食べられなかった。
この胃もたれはなんだろう?
胃は第3チャクラ 自己卑下や無価値観…
思い当たることがあった。
胃もたれが出現する前日、モニターさんと話して( 現在インストラクター講座を受講しているため ) その方のパワーに圧倒されていた。
感覚的にいろいろ分かってる人だったから、「 私なんて…」と、自分をどんどん落としてしまったようだ。
その時は気がつかなかったけれど、後から あ〜 きっとそうだな、って思った。
その話を先生にしていたら、そっちじゃなくて…
モニターさんは、私と同じく看護師だ。
大きな病院で働き、たくさんの経験がある
と、こっちの方だったみたい…
今のクリニックで十分頑張ってきたのに、大きな病院で働いている人への劣等感、無価値観。
自分が選択して夜勤のないクリニックに勤めたはずなのに、そこにいつまでもこだわっている。
クリニックで働く看護師は価値がないのか?
そんな事はないのに、いざ自分に置き換えると 私なんて… が出てきてしまう。
昔から憧れていた看護師という枠を自分が勝手に作り出し、自分を当てはめて、そこから外れてしまった自分を認めない自分…
まだ枠を作り、枠に縛られていた。
まだやっていたのかぁ。
その後、そこからもう一つの気づきが。
母が心配するから今まで結構無理して食べることが多かった。
あまり食べたくなくても心配かけたくなくてお腹いっぱい食べてしまう。
そう。母は私がたくさんご飯を食べるととてもうれしそうだ。
なので、少しでも食が減るとすぐに心配する。
それが嫌で無理していた。
きっと、自分に正直になる、と決めたのに いつまでも他人軸でそうやっている自分に身体が教えてくれたのかな、って思う。
先週一週間食べられなかったおかげで、自分の症状を母に正直に言えるようになったし、食事量のことで母の目を気にしなくていいんだ、と思えるようになった。
まだまだ無意識下で、母に気を遣っていることがあるんだな、と気がついた。
私が自分で気づけないからきっと身体が身をもって教えてくれたんだなぁ…
様々な症状という形で教えてくれる身体からのサイン
これからも見逃さないように、しっかりと受け止めていきたい。